警察24時の裏 法務検察の闇 正論を言ったら逮捕 法曹界で正義を貫くと悪者になる獣道を選択した検察の闇 底の見え透いたデッチアゲ口封じ逮捕作戦の罠  逮捕監禁罪の主犯は検事総長

白と黒が見事に逆転した検察の闇です。この動画は検察の体質そのものであり、そこにいる人たちの人間性そのものを描いたドキュメンタリーです。
http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-eb-ec/sadao_ybb/folder/1788435/07/60641007/img_3?1308024373
8年後の約束 この事件は8年後に告発出演が実現しました。

http://magazine.livedoor.com/magazine/23/archive?magazine_top_backnumber
http://ameblo.jp/kichitaroaoki/entry-12010357103.html

http://www.amazon.co.jp/%E4%B8%89%E4%BA%95-%E7%92%B0/e/B004LU2LJI
三井環さんからの手紙
け も の 道
▼バックナンバー 一覧2009 年 11 月 17 日 三井 環
平成21年10月9日
三井 環(元大阪高検公安部長)

 検察の組織的裏金づくりの犯罪の分岐点は平成13年10月末にあったと私は思います。原田検事総長の判断の誤りが後に大きな災いをもたらすのです。
当時は大阪地検加納駿亮検事正が裏金づくりの犯罪(虚偽公文書作成、同行使、私文書偽造、同行使、詐欺)で刑事告発され週刊文春、週刊朝日が大々的に私の取材により報道していました。
 法務省は加納を福岡高検検事長に上申しましたが、当時の森山法務大臣は刑事告発されていることを理由に難色を示したのです。小泉内閣としては人事を承認し刑事告発が「黒」であれば、その責任を内閣が負わなければならないからです。法務省はなかなか内示ができなかったため報道が過熱し大手新聞も一気に報道しかねない状況下にあったのです。
 そこで原田検事総長が考え出したのが「けもの道」と言う選択だったのです。検察の組織的な裏金づくりの犯罪は内部では「公知の事実」でしたので原田検事総長は自ら国民に謝罪し、ある程度の処分者を出して、使った金を国に返還するだろう、それ以外の選択肢はないだろうと私は考えていました。そうすれば検察の信用は一時的には失墜するかもしれませんが、さすがは他の省庁とは違うと評価されたであろうと思います。私はそれを期待していました。ところが「けもの道」と言う最悪の選択をしてしまったのです。
何故かような選択をしたのでしょうか。たぶん検察の組織的な裏金づくりの犯罪が公表されますと、約70名の検察幹部の懲戒免職、国民からの刑事告発、使った金の国への返還、検察幹部OBへの波及等大問題が発覚し検察の信用は一気に失墜し、一時その機能が麻痺すると考えたのでしょう。
 10月末、検察の今世紀最大の汚点が実行されたのです。原田検事総長とM法務事務次官、F刑事局長が後藤田正晴元法務大臣の事務所を訪ね、加納人事が承認されないと裏金問題で検察がつぶれると泣きを入れたと言われています。これを後藤田氏は後に「けもの道」と名付けたと言われています。
 検察の原点は(1)真実のみを追求しそれを確定する(2)政権に貸し借りを作らないことの2点にあります。政権に借りをつくると、贈収賄等の捜査が事実上不可能になります。政権への捜査が進む中、検察最大の弱点である「裏金づくりを公表しようかね」と一言いわれれば捜査を中断せざるを得ないのです。(1)については検察の裏金づくりの犯罪は公知の事実であるのに刑事告発に対し「嫌疑なし」と裁定し「真っ黒」を「真っ白」にしたのです。「けもの道」により小泉内閣は加納人事を11月13日に承認したのです。そして天皇を欺して犯罪者を認証させたのです。さらに原田検事総長、森山法務大臣は記者会見をして「検察の組織的な裏金づくりは事実無根である」とまで言って国民に大嘘をついたのです。それが出発点となってオンブズマンによる裏金づくりの裁判では虚偽の準備書面を提出し、法務委員会における野党議員による追及でも虚偽答弁をするにいたったのです。オンブズマン裁判でも私の裁判の控訴審でも、検察の裏金づくりの犯罪は認定されましたが、それでも裁判を無視して鈴木宗男議員による法務委員会での追及でも裏金づくりはないと答弁するのであります。
http://uonome.jp/article/mitsui_letter/723