【解体された武士道の再建】~三島由紀夫と特攻隊員たちの生き様~       『新・霊界物語 三十三話』

何度か格闘技の試合に出たり、100本以上の動画を作って、世の中に訴えてきて、ようやく納得のいく動画できました。

 ご存じの方もいるかもしれませんが、私、与国秀行は、東京都内で派手に暴れ回り、喧嘩に次ぐ喧嘩に明け暮れて生きてまいりました。

 滑稽にも、私は「男子とは喧嘩するものである」などと本気で思い込み、「喧嘩に勝つことが男としての本懐である」などと、本気でそんな愚かなことを考えていたのです。

 別に私は勉強や運動、学校や先生が嫌いだったわけでも、苦手だったわけでもありません。

 ただただ「仁に当たれば師にも譲らず」との純粋な思いで、仁を貫いて、そして喧嘩をし通していたのです。

 しかし私は根本からその“仁”をはき違えていました。

 いや、それは私一人だけではありません。

 私の周囲にいた者たちも、年上の友も、年下の友も、やはり同じく仁を貫いて、仁を間違えて、喧嘩し通しており、そしてそれが男子としての正しい生き方であり、男子の本懐であるなどと考えていたのです。

 そして命奪われた者、命奪ってしまった者、取り返しのつかない過ちを犯してしまった者、たくさんおります。

 本当に悲しい限りです。

 しかしもしも戦前の日本のように武士道が残っており、日本男児に侍精神が授けられて、男子とはいかに生きるべきか、ということをきちんと教わり学んでいれば、私はあそこまで酷い事態にならなかっと思うのです。

 世の中にこれほど迷惑をかけ、これほど複雑化して、混乱することも、誰かが悲しみの涙を流すことも、なかったと私は心から思うのです。

 日本の問題のすべての根本は、武士道が解体されて、そして侍精神が失われたことです。

 車の工場は車の部品を納入して車を作り、そして搬出します。

 しかしもしも車の工場が、部品ではなく車を納入して搬出したら、工場の中では力が余ってしまうでしょう。

 同様に、牛は野菜を食べて、野菜から牛肉を作り出しますが、しかしもしも牛に野菜ではなく牛肉を食べさせたら、牛の体内で肉を作り出す力が余り、その余った力が脳に行って牛は狂うのです。

 狂牛病です。

 これらと同様に、武士道教育が失われて侍精神が授けられることなく、「男子とはいかに生き、いかに死ぬべきか」ということも何も教わることなく、映画、雑誌、漫画などありとあらゆるものを通して偽物の仁義を叩き込まれれば、有り余った力は自然と狂った方向へと使われていくことでしょう。

 草食系と呼ばれる人もおりますから、すべての男がそうだとは言いませんが、しかしたしかに男の中には、戦いの本能を持った者がおります。

 そうした男たちが、男としての生き方も男子の本懐も何も教わらずに、その戦いの本能を放置し続けて、そして力を余らせていれば、狂っていくのではないでしょうか。

 しかし武士道は偶然に消滅したのではなく、意図的に解体されたのです。

 武士道を解体し、日本男児から侍精神を奪い去った者たちが確かにいるのです。

 ですから日本の男たちが侍の子孫であることを忘れて、自分たちの使命を忘れて、争い、殴り合い、憎しみ合い、殺し合うことを密かにほくそ笑んでいる者たちがいるのです。

 日本の男たちが、侍精神を忘れて、傷つけ合っていることを、大爆笑している者たちがいるのです。

 ならばこそ侍精神を取り戻さねばなりません。

 解体された武士道を再建しなければなりません。

 この動画は、武士道を再建する動画です。

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