【怒れ!サムライたちよ!】『新・霊界物語 三十七話』

今日は9月11日、あのテロから14年の歳月が流れた。

 しかし相変わらず世の中は嘘だらけ、詐欺だらけ、泥棒だらけ。

 しかし等の被害者である大衆は、ほとんどの人がその事実に気づいてはいない。

 その結果、さっかく勉強しても、良い就職先はなかなか見つからず、また必死にはたらけど、はたらけど、なかなか暮らしはよくはならない。

 私のように声を大にして、今現在、私たちが被害に遭っている詐欺や泥棒について訴えている人は幾人かはいるが、しかしたとえこの詐欺や泥棒についての話を聞いても、大半の人が何らの行動を起こそうとはしない。

 聞く前と聞いた後の行動も、生活も、結局は同じまま・・・。

 それはなぜか?

 その原因をつきとめない限り、いくら訴えても、訴えても、ただ焼石に水をかけているだけで、その間にも石はさらに熱せられているようなものだ。

 しかし原因はいたって単純なことである。

 それは心にあり、サムライ精神にあり、そして武士道にある。

 武士道が解体され、サムライ精神が失われ、私たちの日本人の心が変わってしまったからこそ、「あなたは詐欺被害に遭っていますよ」、「あなたは泥棒被害に遭っていますよ」と聞いても、たとえその時は少しだけ反応しても、「どうせ・・・」と、すぐにあきらめて、それまで通りの同じ行動と生活を続けてしまう。

 もっと簡単に表現すれば、サムライ精神が失われたことで、日本人がぬるいからこそ、自分が詐欺と泥棒に遭っているというのに、いつまでもこれを止めることができない。

 ならばこそ今を生きる私たちは武士道を再建し、そしてかつてのサムライたちのごとく闘志に火を着け、マグマのように燃えなければならない。

 我々一人一人がマグマのごとく、熱く、熱く、煮えたぎり、燃えたぎり、噴火しなければならない。

 我々がせっかく努力しても、横からその富を盗まれているのだから、これに対してはきちんと怒りをぶつけなければならないのだ。

 怒るべき時に怒らないのは愚かである。

 怒るべき時に怒らないのは軟弱である。

 怒るべき時に怒らないのは悪である。

 それは自分ための怒りではない。

 私憤ではなく、感情に基づく怒りではない。

 求められるべき怒りとは、あくまでも公のための怒りであり、公憤であり、暴力を否定した正義の怒りである。

 我々はサムライ精神を取り戻して、火山のごとく噴火しなければならないのだ。

 「私憤を捨てて公憤を取り、きちんと怒るべき時には怒る」、それが正義であり、それが真のサムライであると私は想う。

 サムライたちよ!

 今こそ怒れ!

 火山のごとく爆発せよ!